誰もあきらめない世界を。

わたしたちのひと

子ども自身が壁を乗り越えるチカラを育む。
元・教員が多角的な視点で広げる、安心と成長の場 。

  • 児童指導員

    濵名 海斗

  • 中途採用

  • LUMO

MEMBER INTERVIEW

いまの自分が、
たくさんのきっかけでできている

  • その 1

    教員時代の「100点」の重圧と、管理への限界を感じて退職

  • その 2

    誤解されがちな子どもたちの本当のつらさに気づく

  • その 3

    感情を言葉にできない少年に粘り強く伴走し、変化を実感

  • 現在

    子どもたちの「第3の居場所」をつくり、療育の価値を社会へ

Gotoschoolの仕事

児童指導員

中途採用 LUMO

100点の重圧から解放されて。療育という世界で再スタートした、支援者としての人生。

 私は中学生の頃の担任に憧れ、「子どもに寄り添える人になりたい」と教員を志しました。教育学部に進み、22歳で中学校の教員になりましたが、当時は「子どもと関わる仕事=教員」という漠然としたイメージしか持っていませんでした。しかし、実際に現場に立つと、自分の力不足を痛感する日々が待っていました。
 最初に直面したのが、業務量の多さです。「自分なら大丈夫」と思っていましたが現実に追われ、本当にやりたかった子どもとの関わりがどんどん遠ざかっていく感覚に、毎日頭が真っ白になっていました。さらに「教員は完璧なお手本でなければならない」と自らに課したプレッシャーに押しつぶされ、次第に学校へ通えなくなってしまったのです。当時の私には子どもたちの長期的な成長を見守るココロの余裕がなく、ただ問題が起きないように管理することしかできていませんでした。

「完璧なお手本」を手放して出会ったLUMO。子どもたちの「第3の居場所」をつくる挑戦。

夢だった教員という仕事をあきらめ退職し、次に何をすべきか迷っていた時、大学の先輩が紹介してくれたのが子ども運動教室LUMOでした。 そこで出会ったのは、脳の特性により、学校では不真面目と誤解されがちな子どもたち。彼らが抱える本当のつらさを知り、「もっとこの子たちのことを知りたい」と強く思うようになったのです。入社当初は仕事との向き合い方から学び直す日々でしたが、周囲の温かい支えもあり、次第にココロに余裕が生まれ、本当の意味で子ども一人ひとりに寄り添えるようになっていきました。
私はいま、療育の校舎とは家庭や学校に次ぐ「第3の居場所」だと考えています。子どもたちが伸び伸びと自分を表現し、安心できる場所にしたい。そして将来、ふと振り返った時に「あんなおもしろい先生もいたな」と記憶に残る存在でありたいと思っています。
療育の認知は社会全体としてまだ浅いと感じていますが、いまは仲間とともにその価値を発信することにチャレンジしています。「100点じゃなくていい、まずは動くことが大事」。ここで学んだその想いを胸に、これからも子どもたちといっしょに歩んでいきます。

「話し合ってもダメじゃん」という葛藤を越えて。水筒で叩いてしまった少年が、言葉を信じるまで。

私が出会った7歳の男の子は、自分の気持ちや言葉をうまく伝えられず、感情が高ぶるとついお友だちを叩いてしまうという課題がありました。 出会ったのは1年ほど前です。最初は自分のことをたくさん話してくれる印象で、指導員とは楽しく過ごせていました。しかし、お友だちが相手となると自分の気持ちが先行してしまい、相手の意見を聞き入れることがむずかしい様子でした。

ある日、お友だちと意見が合わず気持ちが高ぶってしまった彼は、手元にあった水筒でお友だちの頭を叩いてしまったのです。私たちが止めに入っても言葉は一切届かず、目もあわせられない状態でした。そのような出来事が何度か続きました。

私たちは彼に対して何ができるかを校舎全体で考え、2つのアプローチを決めました。 1つ目は、選択肢を与えることです。叩くことで解決してきた経験はあっても、それ以外の方法をまだ知らないのかもしれないと考えました。そこで、嫌なことがあったときに先生を呼ぶ、別室で一度落ち着く、紙に字や絵で書いてみるなど、具体的な行動の選択肢を提案しました。 2つ目は、落ち着いた後に言葉で伝える練習をすることです。校舎全体で一貫性を持ち、何が嫌だったかを自分の言葉にする機会を何度も作りました。

「どうせダメ」から「話し合おう」へ。信じ続けた先で見せてくれた劇的な成長。

この関わりを根気強く続けました。ジャンケンに負けたり、順番が1番になれなかったりして悔しさに飲まれそうになることもありました。それでも彼を信じ、いっしょに考え続けました。 そんなある時、彼から「話しあっても、どうせダメって言われるだけじゃん」という本音がポロリと漏れたことがありました。彼自身も変わりたい、伝えてみたいと葛藤しながら、何度も傷つき、チャレンジし続けていたのです。
その結果、いまでは運動のチーム決めの際に自ら「話し合いをしようよ」と提案したり、感情が高ぶりそうなときに「あっちの部屋で落ち着いてくる」と言えるようになったりしました。さらに、順番が1番でなくても活動に取り組み、お友だちがパニックになっているときには自分から話しかけにいく姿まで見られるようになりました。
私たちが想像していた以上の成長を見せてくれたのです。コミュニケーションは、運動にチャレンジするための大切な基盤です。うまくいかなくてもいっしょに考え、またチャレンジする。その大切さを、彼自身の変化と、それに応える周囲の子どもたちの姿からあらためて教わった気がします。

ダミーのまる